人気ブログランキング | 話題のタグを見る

義経進軍の足跡を辿る

2023.11.15

シルバーカレッジ生活環境コース23期OBの有志の集まるハイキングクラブの11月例会。

例会により山歩きであったり街歩きであったりだが、どこでも良いという訳にはいかず何かと興味持てそうな

コースを興味持てそうな例会名をつけてハイキングを楽しんでいる。

幸い神戸には源氏平家にまつわる伝説や場所も多く、今回もその一つ。

神鉄藍那駅に集合して藍那集落の急坂を登る。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17181212.jpg






民家と竹林の狭い道を登り切ってしばらく進めば相談が辻と云われる三叉路。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17181530.jpg


相談が辻:平家の陣に奇襲をかけようとする義経軍が、ここから南へ鵯越か西の白川へ進軍するかの軍議を開いた場所。



星和台の住宅地を抜けてしあわせの村北ゲート付近へと進み、道路を渡って市立鵯越墓園へと入る。

この墓園は山を二つも三つ?も開発して神戸市が作った広い広い墓園で、伝説の名所旧跡の多くも今はこの墓園内にある。

墓園内循環バスが走るバス道を歩く。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17182262.jpg






道路脇の小高い丘から望む須磨から淡路島方面。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17181924.jpg






高尾山の麓、高尾地蔵にある義経が馬をつないだと伝えられる「義経馬つなぎの松」。

さすがに七、八百年も昔の話、枯れ果てて根っこだけになっている。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17182557.jpg






背後の高尾山には大きなアンテナ?(雨量レーダーだとか)がありそれへの管理道路らしき道を上る。

大きなアンテナ?の手前を更に上へと登る階段があるが、殆ど人が通ったことも無さそうな苔むして草木が繁茂し、

木々を潜るようにして出たところが高尾山頂上。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17182847.jpg






立地的には神戸の街から須磨・淡路まで眺望の効く場所であり、たぶん義経もここから進軍ルートや一ノ谷背後の山々など、

合戦をイメージして地形を確認したのでしょう。

しかし、何方かが眺望確保するために刈られたのであろう草木も、またまた繁茂してこの時の眺望はイマイチでした。

ここでお弁当にします。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17183182.jpg






兵を二分したと伝えられる蛙岩は知らぬ間に通り過ぎてしまったようだ。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17183809.jpg






山麓バイパスから高いところに大仏殿が見える。

墓園南ゲートへ下る途中の案内看板に誘われ、少し登ればその大仏様の真下。

義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17200697.jpg






義経進軍の足跡を辿る_a0143839_17201323.jpg


私はこの大仏様には思い出多く、いつも下から見てはもう一度行ってみたいと思っていた。

兵庫区に住んでいた小学生のころ今では考えられないことだが、鵯越山奥の川で泳いだり魚釣ったりする遊びのため、

近所の子供10人くらいが最上級生のガキ大将に連れられて、なんと神戸電鉄の線路伝いに子供心にスリル満点恐々の

トンネルや鉄橋を越えて歩いて行ってました。

一日遊んで帰りには遠回りなのにわざわざ大仏様まで登り、大仏様の手のひらから街並みを見下ろしひと遊びしてから、

また線路伝いに帰ったものです。

ずっとTVでスタンド・バイ・ミーのシーンなど見るたびに懐かしさひとしおだったのはこんな少年時代の思い出からだった。

たまたまとはいえ65年ぶりぐらいに来ることができて、個人的にはなかなか離れがたい思いでその場を後にした。

大仏様への私の思い出だけではなく伝説の信憑性などは専門家に任せ、悠久への思いにワクワクする楽しいハイキングだった。


出発 神鉄藍那駅~解散 神鉄鵯越駅   歩行距離:約8.0Km   所要時間:約4時間









by bmw-nl-60 | 2023-12-04 18:47 | 登山・歩行 | Comments(0)
<< 播磨中央公園 光明寺 紅葉 >>